『気合』と『根性』は必要か!?

皆さんごきげんよう♪

おりゃ~!気合と根性じゃあ~!!

というのは昭和の話・・・

と思っていませんか?

確かに時代遅れの「精神論」ではありますが、逆に今の時代に必要なことなのではないかと思っています。

ちゃんと最後まで読んでいただければ、納得していただける・・・と思います(;^_^A

あらかじめ誤解のないようにお断りしておくと、「気合と根性でどうにかなる」と言いたいのではありません。

「気合と根性があればどうにかなる」と言いたいのです。

????

言葉遊びですね(;’∀’)

でもちゃんと違いがあって意味があります。

以下解説します。

事を成すための手順

世の中の事を成す上で必要となる手順は、

「準備」

「本番」

「検証」

ざっくり言って以上の3つではないでしょうか。

準備

何事も準備なくして成功はありません。

準備なく成功したならば、それはあまりにハードルの低い目標だったか、偶然です。

何をするにも、この準備というものが必要だし、一番重要です。

例えば、修行も経ずにいきなり料理人にはなれませんよね?

少なからず、基本から学んで技能を磨くことが必要になります。

デートをするにも、準備なくノープランで着るものも考えずに行ったりしないですよね?

目標が高ければ高いほど、準備の重要性も上がります。

本番

いざ本番となったら、それまで培ってきたものを発揮して全力で挑みますよね?

成功すれば失敗することもあるでしょう。

結果というものは、後からついてきます。

本番に臨んでは、結果を意識せず目の前のことに集中します。

検証

失敗の結果に終わった場合、何が悪くて失敗に至ったのか、何をどうすれば良かったのか検証する必要があります。

例え結果が成功だったとしても、検証することで自分の準備を客観的に分析することができ、他の事例でも大いに役立ちます。

成否のみにこだわることなく、この検証を地道に冷静に行うことは、成長していくためには絶対に必要なことです。

「気合と根性でどうにかなる」とは

「どうにかなる」というのは結果です。

つまり、気合と根性で本番を頑張って結果をどうにかする・・・ということです。

これはまさに先の大戦中の考えであり、何の根拠もなければ裏付もありません。

私はこれを言いたいのではありません。

むしろ否定的です。

準備もちゃんとしていないのに、気合と根性ではどうにもなりません。

どうにもならないことは、気合と根性ではどうにもならないのです。

「とりあえず行っとけ!」みたいな人、結構いますよね?

確実にこけますから((+_+))

「気合と根性があればどうにかなる」とは

この場合の「どうにかなる」は、同じく結果を表します。

違うのは、気合と根性を本番にぶつけるのではなく、準備に向ける点です。

言い換えれば、「気合と根性で準備して本番に臨む」となります。

これだと正しく理解いただけるかと(*’▽’)

この気合と根性を、本番に持ってくるのか準備に向けるのかで、大きな大きな違いがあるんです。

気合と根性を乗せた努力は、結果はどうであれ確実に成功に資することになります。

無駄にならないんですね。

一方で、本番での気合と根性は冷静な判断と力を発揮する上で邪魔になります。

もちろん何をやるかで変わるので、一概には言えません。

あくまでも一般論です。

気合と根性で準備することが必要な理由

人質を取って立てこもった犯人がいたとしましょう。

その人質の救出作戦を決行するとなった時、図上の訓練だけで本番に臨むことはありません。

実際の建物の間取りと同じセットを作って、本番通りに侵入して救出するまでの訓練を何度も何度も繰り返します。

これを、そういう準備もなくいきなり気合と根性で行け!と言われても困ります。

まぁ間違いなく作戦は失敗するでしょうね。

他の例を挙げます。

寿司職人になるためには、「飯炊き3年握り8年」と言われています。

長くて苦しい修行の毎日が待っているのですね(;’∀’)

実際にかかる年数は別にして、それくらい修行しないと1人前にはなれないということです。

別の見方をすると、「じゃあ飯炊き3年握り8年やったら一人前になれるの?」というと、そうでもないのです。

ただ年数をこなせばいいというものではありませんよね?

自分が寿司職人になるんだ!という強い意志で、苦しい修行でも熱意を失わずに頑張る必要がある訳です。

楽しい修行なんて、そうそうありません。

単調で同じことを繰り返す日々、上達を実感できないもどかしさ。

多くの人は、挫折して、目標を見失って、夢を諦めて去っていくことでしょう。

それらを乗り越えるために、気合と根性が必要だと思うのです。

確かに、現代はマニュアル化が進んで色々なことが成し遂げやすくなりました。

泥臭い努力なんて、時代遅れの産物・・・なんて考え方もあるでしょう。

でもマニュアル通りにいかないこともたくさんあります。

そもそも、マニュアルにできないものもたくさんあります。

また、勝負ごとであれば、誰かが勝ち、他方が負けることとなります。

みな、努力はします。ではその勝敗を分けるものは?

もちろん素質や能力によるでしょう。

ではそれらが互角だったら?

最後に成否を分けるものがあるとしたら、それは気合と根性だと思うのです。

厳密に言うと、気合と根性で努力した人・・・なのではないでしょうか。

時代は変わろうとも、気合と根性で努力した人が強いのは、早々変わらないのです(^_-)-☆

コメント

PAGE TOP