戦後の教育は善か悪か!?

皆さんこんにちは♪

すっかり暑くなりましたね~。夏到来!という感じですね(;’∀’)

お陰様で、意に反して仕事が忙しいです・・・(´;ω;`)

思えば警察の職を辞して民間である今の仕事に就いて1年と少しが経ちました。

こんな私でも重宝していただき、正社員登用していただいて本社に引っ張ってもらえました。

色々な仕事をやらされ任せてもいただき、ルーティン事務をはじめ、採用から営業まで押し付けられ担当して、日々奮闘しています。

でも面白いですね。本当に面白いです。

自分で取った仕事で、会社に何百万単位の収入をもたらすなど、公務員時代には考えられないことでしたから。

私には一銭も入ってきませんが・・・。

ちなみに、私が前職を去るときに、同僚に切腹最中を配りました(*’▽’)

これです↓

切腹最中 | 御菓子司 新正堂 (shinshodoh.co.jp)

まぁ半分ブラックジョークですね。

先日YouTubeを見ていたら、切腹に関する動画がありました。

結構「へぇ~」となることが多かったので、武士道精神と絡めながら戦後教育について考察したいと思います。

少し政治的な私の私見も混じります。ご容赦ください。

切腹とは

切腹は、平たく言えば自殺ですが、日本においては特別な意味を持ちます。

武士にとって、切腹とは誇りと名誉ある死であり、平安時代から実在はしたものの、この概念が確立されたのは室町時代ころのようです。

江戸時代には刑罰として一般的でしたが、切腹は「許される」名誉であり、

●「追腹(おいばら)」

主君などに殉ずるもの。後追いってやつですね。

●「詰腹(つめばら)」

職務上の責任や義理を通すためのもの。私の辞職もこれですかね(;’∀’)

●「無念腹」

無念のあまり行うもの

●「指腹(さしばら)」

復讐の手段として遺恨のある相手を名指しして先に腹を切ることで相手にも腹を切らせるもの

に限られました。

本当の罪人には、単なる斬首や磔、絞首刑が科せられたといいます。

外国でも「ハラキリ」等で有名ではありますが、この心理は日本特有であり理解しがたい事なのかもしれませんね。

戦国~江戸時代初期までは、単に腹を十文字に切ったり、内臓を引きずり出したりしていたそうですが、すぐには死ねず相当苦しんでから死んでいたようです。

人間は腹を切っても簡単には死ねないのですね(◎_◎;)

それ以降になると、切腹をしてからちゃんと首を切り落として苦しませない介錯がつくようになったようです。

何と、江戸時代の中期以降になると、平和ボケして腹を切る勇気のない武士まで出てきて、扇子で腹を切る真似をしたらすぐに介錯されたりという形式的なものになっていったようです。

まぁ確かに相当勇気と覚悟がいるわな~。

昔から、日本人は腹に魂が宿り、秘め事や策略などは腹で行われると考えられてきたんですね。

「腹に一物」「腹黒い」「痛くもない腹を探られる」「腹をくくる」「腹が立つ」「腹に据えかねる」などなど、腹にまつわる非常にたくさんのことわざがあります。

この切腹は、まさに腹に一物がないことを示す神聖な行為なのです。

武士道

切腹を語る上で欠かすことができないものに、「武士道」というものがあります。

この武士道について、はっきりと定まった定義はありませんが、新渡戸稲造が1900年にアメリカで刊行した「武士道」が有名でしょうか。

この武士道は、日本人の精神的な土壌が武士の生活態度や信条というモデルケースから醸成された過程を分かりやすい構成と言葉で紹介したもので、宗教的教育のあまりない日本人の考え方や道徳心などを理解させる上で、とても的を得た内容だったのでしょう。

ルーズベルト大統領やケネディ大統領も読んだと言われています。

この意識しようがしまいが日本人の根底に根付いている「武士道」は、儒教でも神道でも仏教でもなく、それらが融合して日本の歴史や風土や制度と相まって生まれたものなのです。

武士道の基本は、「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」を重んじる精神です。

常に相手を思いやり、謙虚な気持ちで礼儀を忘れず言動に責任をもって人と接するべきという考えです。

そしてそれは、今でも大切なものとして日本人DNAにしっかりと刻まれ、世界から称賛される民族の礎になっていることは間違いないと思っています。

戦後教育と武士道

ここからは私見が混じります。

先の大戦で日本が負けて、GHQに支配下に置かれました。

GHQは、日本を非武装化して危険を排除し、民主国家として親英米化することを最大の目的としていたことは周知の事実です。

その目的を達成するため、GHQは日本政府に対して様々な政策を指示します。

まずは、この戦争は日本が100%悪いという前提で、学校教育から何から全て改められました。

まぁ洗脳ですね。

見事に成功し、先の大戦は日本が一方的に侵略したもので、全て日本が悪いんだと多くの日本人は思っています。

でも戦争に良い悪いはありません。

戦争では国と国の戦いですが、実際には人が人を殺しているのです。そんなものに正義はありますか?

全ては勝った者の理屈です。

そして徹底的に日本が行った悪い部分だけ伝えられ、良い部分が伏せられ抹消されます。

でも、GHQはやり過ぎましたね。

日本人は予想外に順応性が高く、予想以上に骨抜きになってしまった。

自分の国を自分で守ろうとする気概すら失ってしまった。

憲法も、その先何十年もそのまま運用されるとは思ってもみなかったのではないでしょうか。

この憲法は、GHの占領下でGHQ監修で作られたものです。

今の憲法が良い悪いは別にして、独立国家として他国に干渉されずに自前で作った憲法を持つべきだと思います。

何も戦争を認める憲法を作れと言ってはいません。

私は現憲法前文において、どうしても納得できない部分があります。

「日本国民は、~略~平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

違和感を感じませんか?

諸国民を信頼して日本の安全を保持しようと決意したんですよ!?

世界中のどこに、自国の安全と生存を他国に委ねている国がありますか?

まぁ見事にそうなっちゃってますけど・・・(;´∀`)

だから近所の国から良い餌食にされるんですよ。

こういうことを言うと、やれ右翼だ偏った考えだと言われます。

そもそも、考えの中立って何ですかね?そんなもんありますか?

人それぞれ考えは違うので、誰でも自分基準にしたらどちらかに偏ってることになるんですよ。

でも悲しいかな日本人はその現状を受け入れてしまっています。

忠義を信条とした武士道の精神をうまく利用したGHQの妙手でしょうか。

GHQはこの武士道の精神を少しでも薄れさせようとしたに違いありません。

なぜなら、先の大戦において、この武士道の精神を持った兵士の恐ろしさを特攻などで身をもって味わったからです。

大戦時の日本兵を神仏化するつもりはありませんし、その行いが全て正しかったとも思いません。

でも、他国の戦時における行いを比較すれば、武士道精神の素晴らしさに誰しも感嘆するはずです。

でも、GHQや日本が称賛されることを快く思わない国によってそれらはことごとく闇に葬られました。

むしろ事実を捻じ曲げられて広められていることも多くあります。

兵士はみな、国のために命をかけて戦います。

命をかけて守ろうとした後世の国民に対して、悪い部分しか伝わらないとしたらこんなに悲しいことはありませんね。

少なくとも、今の日本があるのは、先人たちのお陰であることを忘れてはいけないのではないでしょうか。

歴史に「たられば」はありませんが、もし日本が戦わなければ欧米の属国となり、アジアの植民地時代がその先も長く続いたという見解は多いです。

日本が戦ったことにより、戦後次々とアジア各国が欧州から独立していったのは事実です。

物事は色々な側面があり、与えられた情報だけでなく多角的に見なければ本質は見えてきません。

自ら考えること、自ら守ることを放棄した多くの日本人には理解できないかもしれませんが・・・。

与えられた情報だけを鵜呑みにするのは、危険です。それって家畜と同じです・・・。

日本が戦後の荒廃から見事に立ち直れたのは、この武士道の精神が大いに寄与しています。

良くも悪くも、武士道が生まれ、武士道により戦争で恐れられ、武士道により立ち直った歴史があります。

日本人として、その歴史をしっかりと学び、自国に誇りを持ち、自分の国は自分で守る気概を持ちたいものです。

武士道を地で行く必要もないとは思います。

でも武士道の基本精神は確実に日本人の心に刻まれています。日本人気質ですね。

この日本人気質により行動を正していけば、自分自身、家族、会社、社会、国が良くなっていくのではないでしょうか。

そんな生き様は如何ですか?

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